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谷本進 一人芝居 三部作上演「俳優病」 [演劇/レビュー]

作品と出会い、心躍らせ、そんな自分の一部始終を言葉に変換していく作業・・・それが私にとって“のレビュー”だと感じます。そして、ここ数年痛感しているのがレビューには心身ともなる体力が必要だということ。そして、悲しいかな心躍った跳躍が大きければ大きいほど、その高さに向き合う力が求められるということです。・・・あー、最近体力落ちてる(涙)。

・・・と、言い訳ばかりしているばかりにもいかず、ぶどう糖を摂取しつつ、満開に近づいた桜を眺めながらレビューを書き始めます。



■作品名:谷本進 一人芝居 三部作上演「俳優病」
■日時:2020年11月20日(金)19:30開演
■場所:静岡市民文化会館 中ホール

https://passmarket.yahoo.co.jp/event/show/detail/01m5qk118wupw.html

 

この作品はコロナ禍が襲った2020年11月20日に上演された。冬の近づく晩秋、雨の降りしきる夜だった。会場となった静岡市民文化会館・中ホールには新型コロナウィルス拡散防止措置のとられた設えや、今やドレスコードとなったスタッフのフェイスシールド姿や、マスク姿の観客が集まっていた。

谷本進は静岡県出身、東京を拠点に活動していたNEVER LOSE(現在はソロ活動期間)の主宰・俳優だ。演劇といってもその活動は劇場に限定されず、ライブハウスなどでも積極的に作品を発表するなど、既存の枠組みにとらわれないスタイルが特徴的である。今回上演した3つの短編作品も上演場所の大半はライブハウスだったという。この3作品の脚本は名古屋を拠点に活動する刈馬カオス(刈馬演劇設計社)が谷本のために書き下ろした作品だ。谷本進という俳優が何者であるかを突き詰めた1つの解・・・唯一無二の物語がそこには描かれているといっても過言ではないだろう。

3つの作品は、現在から過去へと遡るような上演構成になっている。1本目の『俳優病 〜ACT or DIE〜』は2020年の今回が初上演。2本目の『ドッグウェーブ』は2011年の初演で、東日本大震災後の製作。3本目の『36』は2008年初演、谷本が36歳の時の作品。どの作品にも谷本自身のライフジャーニーと世の中の動きが絡ませてあり、刈馬らしさが光る台本だと感じた。1つずつ、みていこう。

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■『俳優病 〜ACT or DIE〜』

舞台中央に1脚のイス。谷本が現れ、ポツポツと語り出すが、すでに上演としてスタートしているのか、前振りとしての語りなのかが最初は判別がつかない。彼の身の上話が自然体で語り出されるのだから無理もないだろう。しかし観客は徐々に自分たちが既に作品の一部に巻き込まれていることに気づきはじめる。作品中、谷本がかかってしまったと告白した病が「俳優病」と伝えられるからだ。そんな病は現実には存在しないのだから・・・。やがて物語が進行していくと観客は再び混乱を覚えはじめる。存在しないはずの病の症状は時に“とんでも話”として笑い飛ばしてしまうものでもあるが、時にハッとするような共感を覚えるフレーズが含まれていたりするからだ。現実と虚実の混ぜ具合、根底に流れる谷本の俳優魂・・・ストーリーの中で医者から告知される“俳優を続けなければ死に至る”という言葉は、谷本自身が俳優として生きていくことの決意表明のようにも感じられ、これからも続くであろう格闘と成長へのプロローグだと思えた。


■『ドッグウェーブ』

2011年は日本という国にとって(世界にとっても?)忘れることの出来ない特別な年だったろうと思う。東日本大震災が起きた年である。津波に呑まれていく家々や、なぎ倒されていく海岸線の美しい松林の映像などは多くの人の心を打ちのめした。私の周囲にいた演劇人やダンサーにはショック状態から表現活動が出来なくなってしまった人たちもいた。その年にこの脚本が書かれたことは大変な驚きである。今でこそ大きなインパクトはないかも知れないが、当時のことを思い返せば、やはり作品が生み出されたことそのものに敬意を覚える。

この作品で谷本は首輪をつけて登場する。(・・・谷本の場合、ファッションとして馴染んでしまいそうなものでもあるが)本作品中で彼は“犬”になっていたのだ。舞台は、原発事故による放射能の影響から帰宅困難地域になってしまった町らしい。住人たちが避難していなくなってしまった町と、大好きな飼い主と離れ離れになって1人(1匹)残された犬の目線から語られる失われた日常。理由も知らされず、突然与えられた孤独にさまよう姿。彼の口から語られる純粋な疑問には痛々しいほどの鋭さが宿る。目の前で起きていることを真っすぐ見つめた時に見えてくる真実が描かれていたように思えた。


■『36』

日ごろは口数も少なく、人見知りな人物が舞台に上がると人が変わったように大胆になったり、狂人のようになるという事例はたくさん見てきた。それが舞台の力・魅力だと個人的には感じ、舞台に立つ人たちの変貌ぶりを楽しむ自分もいる。だがしかし、本作品の場合は少し事情が異なっていた。舞台上にいたのは少し気弱そうなスーツ姿の青年である。今日は彼が就職を決めた会社への初出社日らしいのだが、目覚めたら遅刻が決定的になった時間だ。自分を責め、行こうかどうか葛藤し続ける青年。今回の就職はどうやら、ようやく手に入れた久しぶりの社会復帰の機会のようでもあるのだが・・・。

不思議なものである。谷本進という役者は、私の日常のすぐ近くで見かけるような人物(会社勤めしている人など)の混沌や悲哀を舞台上に非日常として描きだしているのだ。俳優でない時の谷本と話すことがあるが、彼は私が他の舞台作品で見かけるような豪胆さで私を驚かせる。彼の日常のふるまいは、ある種私にとって非日常さを感じさせるのだが、彼が舞台上で演じる姿は私が日常的に見かける姿に近いものでもあるのだ。こうした日常と非日常の反転した谷本ならではの落差の妙味は、書き下ろしの脚本でないと描けないとさえ思えるが、いやいや、私が知っている以上に刈馬は谷本の中にある繊細さや真面目さを見抜いているのかも知れない。そんなことを感じた作品だった。・・・ちょっと、個人的な感想になったかも知れないが(笑)。

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観劇してから、ずいぶん時間が経過してしまっての執筆となってしまったけれども、始めたら一気に書き終えることが出来た。良かった、まだ私にも体力が残っているようである。いつも感じることではあるが、舞台で全身全霊で演じる人たちに恥じないようなレビューにしたい、そうでなければ礼を失してしまうのではないかという想い・・・。この想いが年々強くなってしまい、どんどん遅筆になってきているのだが、これじゃあいけない。

谷本の熱い想いの込められた作品を振り返りながらレビューを書いて、そんなことを思った。
はー、私もがんばらないと(笑)!




 
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