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柚子の木に逆立ち [ダンス/レビュー]

ちょっと遅くなってしまいましたが、先日拝見した『柚子の木に逆立ち』について、感じたことを少し書いてみようと思います。“ちゃんと書かなきゃ”と気負うと書けなくなってしまうので(苦笑)、短評となりますが、ダンサーのみなさんがコロナ禍の中で踊り始められた勇気と行動力から私も力を頂いて、私もリスタートしてみます。


『柚子の木に逆立ち』
■日時:2020年10月17日(土) 18:00~/ 10月18日(日) 14:00~
■場所:愛知県芸術劇場 大リハーサル室

・滲む水気と抜け殻と
・たべてゆけるダンス-ワークインプログレス-
・Day Of The Baphometsを踊る

照明:高山皐月(高山一族)
音響:馬場祥
舞台監督:早馬諒
スチール撮影:谷川ヒロシ
映像撮影:Ritter
主催:archaiclightbody・松林由華

柚子の木は他の柑橘類に比べ、病気や寒さに強いが実を付けるまでに十数年かかるともいわれる丈夫さとマイペースさを兼ね備えた木だが、トゲを持ち実も強い酸味を持つため、そのまま食すというより果汁や果皮の香りを利用することが多い。また、今回の企画タイトルと同じ『柚子の木に逆立ち』という故事がある。同義語には「柚子の木に裸で登る」という言葉もあるが、意味は「刺の多い柚子の木に無防備の裸で登ることで、非常に難儀なことをするたとえ。さらに、災いを招くような無鉄砲なことをするたとえ」(あすとろ出版/著:現代言語研究会「 故事ことわざの辞典 」より)とある。開催時期を鑑みれば、主催者の覚悟を感じられるようなタイトルだと感じた。


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『滲む水気と抜け殻と』
振付・演出:ナツメカオリ
出演:松林由華
ピアノ演奏:堀内悠馬
衣装協力:斎野ハルカ

秋の野原だろうか。今を盛りに一心に鳴く虫たちの声から、美しいピアノの旋律へと移ろっていく印象的なシーンから本作は始まった。

手にしたデフォルメ気味の大きな赤い造花や、白をベースにしたオフショルダーのドレスは全体をカラーパレットに見立てたような淡色に彩られ、自然と女性らしさが匂いたつ。一方で口から何かを吐き出したり、胸や子宮の辺りを手探りするような動作が生々しさも加味していく。

こうした“女性性”のような柔らかく生身の体温を感じるような世界観と、松林のキレのある動きの組み合わせは松林の表現の幅の広さを感じさせるものだと感じたが、どこか演出家と舞踊家との間での融合点を感じられない部分があったように思えた。演出家の描きたい世界観が強くあるのは感じたが、それが松林という舞踊家の魅力(もしくは本人がまだ気づけていない未知の魅力)を引き出せたというステップまでにはたどり着けていないと感じたのだ。私は演出家のナツメカオリ氏の作品も今回が初見のため、的外れなコメントかも知れないが次回作の糧になれば幸いである。



たべてゆけるダンス-ワークインプログレス-
振付・出演:服部哲郎・杉山絵理
美術:ハラミナホ(劇団翔航群)
人形製作:長谷川真代
衣装コーディネート:菅井一輝
製作:archaiclightbody

会場となった愛知県芸術劇場・大リハーサル室。1作目の『滲む水気と抜け殻と』の上演が終わり、場内は真っ暗な中に何もない空間が残されていたが、穏やかなフォークギターのBGMが流され、数人のスタッフたちによって空間には次々と美術セットが運び込まれていく。出はけのきかないリハーサル室を逆手に取り、設営プロセスも作品上演の中に組み込んでしまったようにも思えた。
空間には赤い布が張られた人形用の小さな演台、脚立、たくさんの段ボール箱、水のみジャグ、傘など雑多なものが左右にひしめくように置かれていった。

いったん暗転すると、パーティーでよく見かけるような三角の先端にボンボンのついた帽子を被った服部哲郎が現れた。辺りのセットは見えず、服部の周囲だけをぼんやりと照明が照らしている。ピアノ曲とも相まって、ややノスタルジックなスタートだった。ややあって、舞台右側に置かれた赤い布で覆われた演台と人形を操る長谷川真代が現れ、奥からは黒子と思われる男がゆっくりと進みだして来たのだが・・・右手にマグロの切り身、左手にはシャリを持っている(笑)。なぜ寿司ネタなのか、どうして空間を飛んでくるのか・・・私個人的にこういう仕掛けに弱く、ひとりで吹き出してしまったのだが、この作品には一貫して、こうしたシュールさと可笑しみのギャップが隙間なく埋め込まれており、悲劇的に見えるシーンも大きく引いてみれば笑えてしまうという不思議さがあった。

さて、先の寿司の行方だが、カラクリはこうだ。ピエロのような格好の服部が踊ると、どこからか食べ物が出てきて、人形の食糧になる・・・踊れば踊るほど食糧が出てくるが、人形の要求はとどまることを知らず、もっと贅沢なものを食べさせるよう要求は過激化していくというもの。踊るピエロはやがて2人(杉山絵理)になるが、状況は変わらない。作品が進行する中で彼ららしいユニークな仕掛けはたくさんあったが、今回はワークインプログレスということ。本作に昇華していく中で削ぎ落されるものもあるだろう。だが、この作品のラストシーンは変わらずにいてほしいと願っている。

過激化していく人形の要求に、渾身の踊りで遂に(?)ローストチキンというご馳走をひねり出すことに成功したピエロたちの甲斐あってか人形はようやく満たされ、演台を降りていく。演台という縛りから解放された人形は最初たどたどしく2人と踊り、やがてひとりだけでも踊りだす。演台を見返すと、そこには小さな子人形の姿があった。これを搾取の連鎖と取ることもできるが、与え続けることをあきらめないことで、受け取るだけだった者を与える者へと変えていく寄与と成長の物語と受け取ることも出来る。観客としてこの作品を拝見していた私にとって、とても勇気と希望をもらえるメッセージとも感じられた。・・・まあ、少し大げさかも知れないが。本作への成長を今後も楽しみにしたいと思う。



『Day Of The Baphometsを踊る』
振付・演出:服部哲郎
出演:松林由華
衣装:佐藤亜矢

本作は無音の中、舞台右手で静かにはじまった。1作目とは打って変わって真っ赤なチュチュとノースリーブという組み合わせの衣装。舞台上には何もない、シンプルな空間の中で、松林は“しっかりと立っている”。力強さを秘めた静かな佇まいが印象的である。

タイトルとなった『Day Of The Baphomets』は、アメリカのロックバンド・マーズ・ヴォルタの曲で、打楽器とギターの音色の渋い(笑)トーンではじまる。やがて管楽器、ヴォーカルと加わり段々とアップテンポになっていくが、松林は激しい曲に激しさで応答するのではなく、強さを内に秘めつつ上手に音の激しさをいなしていくような、曲に負けない踊りをみせていた。かといって、常に自分を制御し続けているのではなく、ふと見せるアンコントロールな暴れっぷりも見られ、惹きつけられた。

照明プランも曲や動きの魅力を引き出すものだと感じ、総合的に完成度の高い仕上がりだったと感じる。途中、だれてしまいそうになる部分もあると推察するが、集中を保って踊りきっていってほしいと思う。身体のやわらかさと硬さ、双方の質感をうまく使えば乗り切れるのではないだろうか。酷なオーダーだとは思うが(笑)。少しでも参考になれば幸いだ。


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今回、東海地方に移り住んだ松林の声掛けで上演することになったと聞く。服部や杉山といったこの地域で活動するダンサーと共に大いなるチャレンジをしてくれた。コロナですっかり元気を失いかけていた私には、何よりの喜びと元気を与えてくれる舞台だったと思う。心から感謝の気持ちを伝えたい。



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