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【終了報告】旅する展覧会 3つのReをめぐって。-維新派という地図をゆくー [しごと]

<はじめに>

3年間にわたって開催されている大阪大学主催の市民向け講座『記憶の劇場』。7つの活動が同時並行で進んでいくこの講座の中で、私は舞台芸術を記録するということについて向き合い、その記録をいかに活用していけるかというテーマを掲げて活動されている古後奈緒子さんの活動⑦に参加しています。大学という私には不慣れなフィールドの中、一貫して鑑賞者として活動に取り組んで来ました。幸運なことに、「自分の経験と感覚」という不確かさなものを元手に進めていくやり方がアカデミックな世界においては、その幼さが新鮮さを伴っていたこともあり、何とか受け入れて頂いてきた印象です。深い知識も持ち合わせていない者が大学という場をお借りして活動することが出来たのは、ひとえに関係者のみなさまの寛大さによるものかと改めて感謝の気持ちでいっぱいです。まだ活動は来年3月まで続きますが、大きな節目を終えた今、2018年度のメイン活動であった“旅する展覧会『3つのReをめぐって。-維新派という地図をゆく-』”にご提案したコンセプトについて綴っておこうと思います。


<コンセプトを決める>

はじめに展覧会コンセプト『3つのReをめぐって。-維新派という地図をゆくー』についてお話しようと思います。今年の春先から、事業担当の古後さんと2年間共に学び、今年は講師という立場で活動に参加している菱川裕子さんと、週に一度のペースでスカイプ会議を行いながら展覧会のベースとなることについて議論を重ねました。その中で古後さんから「展覧会はテーマで決まるともいうそうですよ!関係者がワクワクするような展覧会タイトルにしたいですね!」というコメントがありました。『・・・ワクワクするタイトルって、どんなタイトルだろう。』会議を続けながら、手にはペンをとり、ノートに落書きをしながら考えていました。そしてふと生まれたのが“3つのRe”という言葉でした。

古後さんのアイデアである維新派の元役者さんの身体に記録された振付という記憶を再現するワークショップは“Reenact=再現する/記憶を継承する”、菱川さんのアイデアである維新派の元役者さんにいろいろとお話を伺うトークイベントは“Remember=想起する/仲間になる”、亀田のアイデアである観客の思い出を集めて展示する活動は“Repl@y=呼応する/遊ぶ”(原案は少し意味がズレていたため、その後改定されこの言葉に確定)にそれぞれ命名(笑)されました。アートエリアB1という広い展示会場を3つのゾーンで構築するという場の構想も見えて、このときの3名は大きく盛り上がりましたよ。ワクワクするって、こんな感じかなってうれしくなりました。


<来場客の“記憶”を“記録”する試み>

私の活動には観客のみなさんの参加が必須でしたので、展覧会の準備と並行して、プロジェクト(維新派を愛したみなさまへー旅の記憶収集プロジェクトー)として立ち上げなければなりませんでした。維新派が解散しているという現状では維新派からの呼びかけ協力は得られませんでしたし、さてどうやって認知してもらい、参加してもらうというアクションにまでもっていくか。3人でスカイプする日々は続きました。ときには『お願い、もう眠らせて・・・。』と涙が出そうになりながら議論することもありましたし、私自身、すごく集中できるときと全然できないときがあるという困った性分なので、聞いたことが抜けてしまってお二人を不安にさせることもありました。大いに反省、治るのか、この性分(苦笑)。
webフォームを使って思い出の画像とコメントを収集するという方法が果たしてよかったのかどうか、結局答えは出ませんが、SNSや人的ネットワークを駆使して集めたデータは20名余り。もっと集める予定だったのですが、私の想定を超えてお一人当たりの投稿データが多かったのです。画像1枚につきテキスト数行程度・・・それが私のイメージでしたが、実際の投稿の大半が複数の画像に数百文字を超える想いの詰まったコメントが寄せられましたし、中には複数の投稿をされる方もいらっしゃいました。投稿を寄せて頂いたみなさんの人生で輝きを放つ維新派という存在・・・想定よりも少ない投稿数ではありましたが、私のちっぽけな想像力をはるかに超える大きな収穫があったように感じています。(プロジェクトにご協力頂いたみなさま、本当にありがとうございました!) 。

*画像の展示には、2016年のアマハラ公演で訪れた奈良で購入していたセピア色の凸版印刷の特別な紙を台紙に使いました。コピーとはいえ、みなさまから頂いた画像を少しでも美しく飾りたくて。日頃の文具・紙モノ収集癖をこんなところで活かすことが出来て嬉しいな(笑)。


<展示に使った細々したもの・・・込めたメッセージ>

では次に、展覧会の中で使った什器や小道具のコンセプトについてお話したいと思います。

今回の展覧会会場は、大阪中ノ島・なにわ橋の駅構内にあるユニークなギャラリー“アートエリアB1”。とても大きな会場で、さてこの空間をどのように使って展覧会を組み立てるのか・・・空間デザイナーがいない状況で、3人どんぐりの背比べ(笑)、なかなか核となるアイデアが出てきませんでした。そのうちに、維新派の舞台美術を数多く手掛ける白藤垂人さんに展覧会空間を一緒に考えて頂けることになり、状況は大きく進展しました。垂人さんから「足場板を使った長いテーブルを中心に据えれば、インパクトが出せるのでは?」といったアイデアを出てきたのです。私はこのアイデアを頂き、テーブルの長さを1.2m×10mとしました。1970年から惜しまれつつ解散した2017年までの劇団の歩みを、このテーブルで表現出来ると感じました。菱川さんからも私と同様のアイデアを頂いたので、このアイデアは一気に具体化に向けて進みだします(*足場板というのは維新派の現場を組み立てるときに使うもの。現場で雨風にさらされ、さまざまな関係者に踏みしめられ、独特な雰囲気を醸す存在です。ちょっと砂っぽかったりもしますが(笑)いい感じです)。

そして、このテーブルの真ん中に20㎝ピッチで「1970」「1971」というように、年代を記した紙の小さな三角柱を置いてゆきます。実はこの紙の三角柱、すべて違う種類の紙を使っています。白い紙ではあるのですが、素材や厚みなどすべて微妙に違っているんですね。これは、維新派の1つ1つの歩みが唯一無二であることを表現しています。会場は全体的に暗めの照明にしていたので、ほとんどの方はお気づきにならないような微妙な部分なのですが、こうした小さな想いの積み重ねが展覧会をつくっているんだなと、自ら手を動かしてみて改めて感じることが出来ました。気づいてもらえなかったとしても、きっと何か全体の雰囲気として感じて頂けたかも知れません。・・・だと、嬉しいな(笑)。

また、「1970」「1971」といった年代を表す文字は三角柱の2面にしか書かれていません。1970、1971・・・とテーブルを未来に向けて進んでいく方向に目を向けると、三角柱の頂点を蝶番にして年代を表す文字が2つ見えていることになります。テーブルの半分には上演された作品タイトルが年代ごとにテプラテープで整然と貼られていて、もう半分には「旅の記憶収集プロジェクト」でお寄せ頂いた思い出の画像やコメントが並んでいます。プロジェクトに寄せられた画像とコメントは年代ごとに整然とは並んでおらず、2017年・2016年に上演された最後の作品『アマハラ』に関する思い出であふれ、時間軸を超えた状態(=20cmピッチで置かれた年代の幅におさまらない)で展示されています。こうした2つの側面を過去から未来に向かって進んでいき、テーブルの端っこ、2017年の地点に立って過去に目を向けると、三角柱の何も記入されていない白い面がズラリと並んでいるのが見えてきます。一見すると墓標のようにも見えますが、これにはもう1つの想いが込められています。記憶を記録として集め、そこに人としての共感を覚えるとき、ここから新たな創造の力や可能性が生まれ、新たに刻まれていくことを願っています。展覧会で維新派を完結させるのではなく、ここから新たな歩みが始まることを願っているんですよね。


<植生画像とテーブルの上のスライドショーについて>

最後に、映像についてお話したいと思います。私が担当した「Repl@y」のコーナーには3つの映像を1つの作品として展示させて頂きました。古後さんの“身体に働きかけるようなメディア”というコメントから、手持ちの超短焦点プロジェクターを使うことにしました。会場に入れてみると輝度が低かったため、急遽テーブルに直接投射する方向に変えました。今回、現場に入って感じたのは如何に臨機応変に判断し、すばやく対応するかということ。もちろん、これまでにもイベントで現場に立つ経験はあり、そのようにやってきたつもりでしたが、展覧会という経験のなかった場の中で感じるこの緊迫感にも似た感じは私に新たな身体感覚を与えるほどのものでした(苦笑)。準備に追われて体力も気力も限界まで追い込まれる中、担当領域について深く理解しているのは結局自分。そのような中で意固地にならず、最良の方向にするために、今、その瞬間にどう判断するのか、うろたえず笑顔と自信をもって周囲の人たちにどう伝え、動いて頂くのか。とても勉強になりました。

おっと、話が反れてしまいましたね。

このテーブルに投射した映像は2016年に行った「旅人プロジェクト」で制作した映像をさらにコンセプトに近づけるよう再編集したものです。全国から維新派公演に向けて旅をしてくる観客を“旅人”とし、彼らが旅の途中で気になった瞬間や場面を“まばたきをするように”写真に撮ってもらいました。また、その写真を撮影したときの心情なども言葉で書き留めて頂きました。それらを1つのタイムラインに並置すると、さまざまな旅人たちの歩みが維新派公演に向けて近づき、また遠のいていく(自宅を出て公演を鑑賞し、また自宅に戻るまで+1週間後の公演開始時間を記録して頂きました)様子が見えてきます。バラバラにやって来る旅人たちが同じ時間、同じ瞬間に写真を撮っているというシンクロニシティや、会場に近づくにつれて撮影が密集していく様子からは公演への期待感の高まりなども見えて来ます。また、撮影される写真は旅人によってさまざまであり、そこにはその人が見て来た景色があります(小さなトラブル、思い出の想起、出会い、発見、再会・・・寄せられた言葉からは旅人たちの想いも見えてきます)。こうして撮られた写真を9分割(9人の旅人)したモニターに撮影された時間ごとに表示していきます。モニターに何も映っていない時間があれば、パッパッと花火が明滅するようにすべての旅人の画像が次々と映し出される瞬間もあり、これらすべてを含めて旅人たちの時間として表現しています。

会場の壁面に大きく投影された2つの映像についてお話します。

上記でお話した旅人の時間と対となるものとして、アマハラが上演された平城京に植えられている木々や草むらが風に揺れ、木漏れ日を見せてくれる様子を映像にしました。映像には平城京とわかる建物や、のどかな風景、ときにそこを行き来する人々が写っています。せわしなく切ないまでの旅人の時間と比較すると、ゆっくりと普遍的にも思えるような時間の流れです。私はこの2つの時間が1つになる時空として維新派の公演を捕らえました。さまざまな場所からやって来る旅人を唯一無二な時間の中に包み込む特別な時空、それが維新派公演なのだと考えたのです。


*映像編集にはお二人の方の力をお借りしました。指示も覚束ない私にお付き合い頂き、素晴らしい作品に昇華して下さいました。本当にありがとうございました。

2016年度映像作品:hiroko matsui
植生画像:井上貴雄(アイムスタジオ)


<おわりに>

今回のチャレンジは、自分にとって反省点もたくさんあるものになりましたが、ご協力頂いたみなさまとの心震えるようなやり取りや、あたたかさに励まされた日々でした。急な呼びかけにも関わらず心を込めて対応してくれた友人たち、辛いときに力強く励ましてくれた職場の先輩、愛知から足を運んで下さった旧知の恩人のみなさま、夜遅くまでかかった準備を終えた後にも関わらず、あたたかく自宅でもてなしてくれた高校時代の同級生たち、出遅れた作業をサポートして下さった受講生のみなさま、最後の最後までご迷惑をおかけした古後さんと菱川さん。本当に、ありがとうございました!

今はまだその余韻が抜けず、気力・体力ともに戻り切らない状態であるため、少しの休符をここで起き、また新たに動き出せる日が来ることを思い描いています。
またどこかで、新たな挑戦に挑める自分に戻れたらいいな。


つたない文章を最後までお読み頂き、ありがとうございました!
引き続き、応援お願いいたします☆



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京都国際ダンスワークショップフェスティバル2018のレポート  [しごと]

京都国際ダンスワークショップフェスティバル・通称「京都の暑い夏」のレポートを3本、今年もdance+さんのwebに掲載していただきました。
今年のドキュメントチームは特にチームワークが抜群でした!個性豊かなドキュメンテーターと、粘り強く細やかに対応して下さるスタッフメンバーのみなさんとのコンビネーションが心地よかったです。また、例年このフェスティバルを支えていらっしゃるスタッフの方に、なんとフェスティバル期間中に赤ちゃんが誕生しました。さすがだと、スタッフのみなさん大喜びで、そんな姿もステキな思い出になりましたよー。


■進化するように対話する—— はじめに、身体ありき。
http://danceplusmag.com/?p=15817

■“考えすぎると動けなくなる”につける薬
http://danceplusmag.com/?p=15840

■安心感と楽しさ……笑顔あふれるカティアさんのワーク
http://danceplusmag.com/?p=15829


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